#インタビュー
「施工だけしていればよかった時代は、終わった。」
清水建設・柳川氏が語る、土木・建設産業の転換点とデジタルの本質

今回お話を伺った方
柳川 正和 様
清水建設株式会社 土木企画室 DX戦略部 DX企画グループ長
※2026年1月時点
土木・建設産業が今、大きな転換点を迎えています。人口減少、老朽化するインフラ、深刻な人手不足。課題は誰もが知っています。しかし、知っていることと、動くことの間には、まだ大きな距離があります。
清水建設でDX戦略を担う柳川正和様は、30年以上にわたり技術開発・設計・積算・技術営業・現場所長と、建設産業の川上から川下まで歩んできた方です。リニューアル技術の開発者として16件の特許に関わり、2億円の事業を4年で20億円に育て、今はDX戦略で業界全体の変革に挑む。その幅広い経験が、柳川様の言葉に独特の重みを与えています。その柳川様に、bestat代表・松田尚子が話を伺いました。
※本文中、敬称を略させていただきます。
作る時代から、守る時代へ
松田:今の土木・建設産業が置かれている状況を、まず大きな視点で教えていただけますか?
柳川:高度経済成長期に、日本は膨大な社会インフラを一気に整備してきました。人口が増えて、GDPが伸びて、国力が上がっていく時代でしたから、土木・建設産業は「作ること」を中心に発展してきたんですね。でも今、その前提が大きく変わっています。中央新幹線や新東名といった大型案件が完成すれば、新設の大型土木プロジェクトはほぼなくなると思います。
松田:作る仕事が減っていく一方で、維持管理のコストは増えていく、ということでしょうか?
柳川:そうです。蛇口をひねれば水が出る、電車が普通に動く、物流ができる。そういう「当たり前」を維持するコストって、実は膨大なんです。しかも今まではそれを支えてくれていた熟練の労働力が、物理的にいなくなろうとしています。だから国内では今あるものを補強・長寿命化して、海外ではこれまで培った技術を展開して新たなインフラを整備していく。その2つが、これからの建設会社に求められる姿だと思っています。企業の文化ごと変えていかなければならないので、今からやり始めないと間に合わないんです。

松田:柳川様ご自身は、キャリアの早い段階からそうした「リニューアル」の視点をお持ちだったんですよね?
柳川:恵まれていたと思います。最初に携わったのが、下水道管をマンホールから修繕するリニューアル技術で、新設ではなくメンテナンスの世界から始まったんです。当時は圧縮空気で動く機械を開発したり、耐震性能を持たせた部材の特許を取ったり。今思えば、「守る」という視点を最初から持てたのはそのおかげだと思います。その後、売上2億円の事業を任されて、マーケットを徹底的に調べ、技術とコストの両面から課題を整理して、4年で20億円まで伸ばすことができました。そういう川上から川下まで一通り経験したことで、建設業という「ミクロ」ではなく、土木・建設産業という「マクロ」で物事を見る視野が養われたのかなと思っています。
なぜ「今」が転換点なのか
松田:転換点という言葉をよくお使いになりますが、なぜ「今」なのでしょうか?
柳川:いくつか重なっているんですよね。人口減少、為替の変動、生活コストの上昇。内部コストの圧縮だけで乗り切れる限界が来ています。そこに2024年問題、つまり時間外労働の上限規制が重なって、時間を短縮する・人をできるだけ活かすということが、もはや避けられない経営課題になりました。
松田:ただ、日本人はなかなか変われないとも言われますよね。
柳川:それはあると思います。日本人って農耕民族的に現状維持バイアスがとても強い民族なので、内部から自分たちで変えるのは相当なパワーがいるんですよ。だからこそ、何らかの外的要因が発生した瞬間に変わりやすい。今がまさにそのタイミングで、人口減少も、生活コストの上昇も、2024年問題も、すべてが重なっているんです。
松田:ただ、生産性を上げようとするとき、どこをどう変えるかで差が出てきそうですよね。
柳川:まさにそこが大事なところで。現場だけを最適化しようとする企業と、企業全体を最適化しようとする企業では、数年後に膨大な差がつきます。現場がどれだけデジタル化を進めても、その情報が本社に紙で送られた瞬間、デジタル化は途切れてしまうんです。設計から積算、施工、経理、総務まで、すべてが一体となって変わらなければ、本当の意味での生産性向上にはつながりません。
松田:DXという言葉が広まっていますが、柳川様はどんなふうに捉えていらっしゃいますか?
柳川:DXはITの延長線上にあるものではありません。IT人材とデジタル人材は決定的に違います。デジタル人材というのは、業務側からアプローチして、そこにデジタルをツールとして落とし込める人間のことです。システム部門を発展させてDXを進めようとする企業が多いですが、現場の業務に根ざした改革にはなりにくい。DXは経営課題であり、部門を横断するガバナンスと強い意思決定権を持つ組織がなければ、個別最適が積み重なって全体は発散するだけです。

「90点の世界」を作るための技術
松田:人手不足と属人化は、土木・建設業界でよく聞く課題ですが、柳川様はどうご覧になっていますか?
柳川:日本人って職人文化が強いんですよね。構造設計で100点を出せる人、工程管理のプロ。そういう「100点の人」は確かにいます。でも、そういった方々が高齢化して、次世代への継承が追いつかない中で、産業全体の平均点が下がっていく。技術で目指すのは、その「100点」の代替ではないんです。
松田:では、技術には何ができると思われますか?
柳川:これまで設計・積算・工程管理のプロは、それぞれ別々の情報を頭の中で持ちながら仕事をしていました。各工程の専門家が個別に最適化しようとしても、隣の工程が何をしているか見えにくいので、どうしても部分最適になってしまう。ところが3Dデータで現場を共通の「見えるもの」として持つことで、設計・積算・施工管理が同じデータを見ながら一緒に考えられるようになります。その結果、各工程がバラバラに動くのではなく、一連のプロセス全体を最適化できるようになる。これは、今まで40点・50点だった人が80点・90点になれるという話でもあるんですが、それ以上に、各工程の専門家が連携して初めて出せる「全体最適」の価値がとても大きいと思っています。
松田:他業界でも似たような話がありますよね。製造業では設計から生産技術、工場メンテナンスまでの一連のプロセスで3Dデータが活用され始めています。その流れの中で、工場のメンテナンス担当者が3Dデータを別の部署の設計担当者に見せながら「この製品設計だと工場のメンテがこんなふうに大変なので、ここを変えてもらえませんか」と言えるようになるってことですね。
柳川:はい、そういうことだと思います。今まではプロセスが途切れていたので、隣の専門家に意見を言いにくかったところが、同じデータを介することで初めてつながる。土木・建設業でもそういうことが起きるはずです。3Dデータの本質的な価値は、これまで分断されていたプロセスを一本につないで、全体を見渡せるようになることだと思うんです。加えて、新しい技術を導入するときには、デジタルか人間かという0か100かの議論になりがちですが、ハイブリッドで使うという発想を持てば、よりスムーズに部署やプロセスを横断できると思っています。
松田:3Dデータや点群、Scan to BIMといった技術は、その「90点の世界」にどうつながるのでしょうか?
柳川:こうした技術の一番の価値は「わかりやすさ」だと思っています。今まで100人がそれぞれ頭の中でぼんやりとイメージしていたものが、可視化・数値化されることで、100人が100人、同じ認識でプロジェクトを進められるようになります。それがエラーの防止につながり、工程の最適化につながる。そして何より、見てすぐ「わかる」という共感が、0から1への第一歩を生むんですよ。やらない理由を探していた人も、「いいね」と思えればちょっとやってみようになる。0から1さえ踏み出せれば、1を2にするのは意外と難しくないんです
松田:「時間と距離は技術で埋められる」という言葉が、私はとても印象に残っています。
柳川:在宅からVRで現場を確認して、ベテランが遠隔で助言する。育休中でも、子育て中でも、地方にいても、デジタルデータになった瞬間、場所も時間も制約ではなくなります。これは労働人口の減少を緩和するだけでなく、これまで土木・建設産業に関わりにくかった人たちの間口を広げることでもあります。女性も、ご高齢の方も、世界中の優秀なエンジニアも、活躍できる産業にしていきたいんです。

「世界最強」を目指す理由
松田:柳川様ご自身は、これからどんなことを成し遂げていきたいとお考えですか?
柳川:アメリカに出張した時に、生産性向上に対する考え方や施策が日本とあまりにも違っていて、カルチャーショックを受けたことがあったんです。帰国後に何が足りないのかを徹底的に分析して、そこから生まれた目標が今も変わらずあります。清水建設を、世界最強のデジタルコンストラクションカンパニーにしたい、という。
松田:「最高」ではなく「最強」という言葉を選ばれているのが印象的です。
柳川:一部のエンジニアだけが使いこなしている会社ではなく、全員が使って全体として効率が上がっている会社にしたいんです。デジタル技術を、伝統や技術と融合させながら。そのためにDX戦略の組織化を進め、社内ソフトウェアの標準化も推し進めています。清水建設だけでなく、土木学会や日建連といった業界団体での標準化にも関わって、土木・建設産業全体の底上げに貢献していきたいと思っています。
松田:グローバルという視点も、柳川様はよくお持ちですよね?
柳川:日本の土木・建設技術は世界に誇れるものがあります。でもヨーロッパを見ていると、技術基準とそれに対応するソフトウェアをセットで輸出して外貨を稼いでいる。フィンランドなどは国策としてベンチャーの技術輸出を支援していますし、大使館がそのための拠点になっています。日本はそういった部分がまだ弱い。国内だけを見ていたら立ち行かなくなる時代ですから、日本の技術を世界に展開していくという視点は、これからの土木・建設産業にとって不可欠だと思っています。国籍も性別も関係なく、優秀な人材と一緒に仕事をしていく。そういう発想の転換も、同時に必要だと感じています。
松田:柳川様がこれだけ強くこの産業に向き合われる、その根っこにあるものはなんでしょうか?
柳川:若い頃、設計を担当していた時に、尊敬する先輩にこう言われたんです。「それでも僕らが間違えたら、人が死ぬんだ」と。インフラは社会の基盤です。蛇口の水も、走る電車も、渡る橋も、その一つひとつに、設計者と施工者の責任が宿っています。技術はあくまで手段で、目的はやっぱり社会貢献なんだと思っています。

▲清水建設 NOVARE内にある次世代の技術や人を育てるための施設
転換点は、誰かが宣言するものではない
松田:最後に、これからこの業界に関わっていく方々に、一言いただけますか?
柳川:2030年を一つの節目と見ていて、それまでに産業の基盤を整えて次の世代に渡したいと思っています。情報学科や電子学科の学生が「土木・建設産業でも自分の力が活かせる」と思えるような産業の姿を作っていきたい。土木・建設産業ってこういうことをやっているんだと知ってもらえれば、土木や建築以外の専門を持つ方にとっても、魅力ある選択肢になると思っています。そのためにも、今動かないといけないと思っています。
松田:今日は本当に多くのことを教えていただきました。ありがとうございました。

編集後記
今回、柳川様とお話しして改めて感じたのは、「転換点」という言葉の重さです。
業界の課題は、多くの方がすでに知っています。人口が減る、インフラが老いる、担い手がいなくなる。そうした事実は、もはや誰かに教えてもらうものではありません。では何が足りないのか。柳川様との対話を通じて見えてきたのは、「知っている」を「動いている」に変える意志と構造の話でした。
印象的だったのは、柳川様が一度も「技術があれば解決する」とおっしゃらなかったことです。技術は手段であり、それを活かすには業務を横断する視点と、経営レベルの意思決定が必要だ。そう繰り返されていました。デジタル化の話をしているようで、その実、組織論であり、産業論であり、日本という国の話でもありました。
土木・建設産業は、社会の基盤を作る仕事です。その産業がデジタルと融合することは、単なる業務効率化ではなく、社会インフラそのものの持続可能性につながっています。柳川様が「世界最強」という言葉を使うとき、そこには技術への自信だけでなく、次の世代に渡すべきものへの責任感が滲んでいました。
私たちbestatは、3Dデータという技術を通じて、リアルとデジタルをつなぐ役割を担っています。今回の対話は、その役割の意味をあらためて問い直す機会でもありました。柳川様のような「志ある人」が業界の中にいる限り、転換点はきっと、変革の起点になると信じています。

